2016年8月5日金曜日

名刺の小箱

 今でこそ、おこがましくもフランス語翻訳者と名乗っておりますが、フランスのフの字もない生活を長く送っていました、新行内です。

 2005年に長男を出産してから、初めての育児にいっぱいいっぱいになり、3年間は全く仕事をせず専業主婦をしていました。その後、引っ越しをすることになり、移り住んだ町の保育園に空きがあったので、子供を預け、事務のパートをしていました。その期間、フランス語の勉強と言えるようなことは何もせず日に日に衰えていく語学力を悔しく思いつつも、とにかく日々の仕事と育児で疲れ果て、努力を怠っていました。

  職場が近く通いやすかったので、細かい不満はありつつも、3年間そんな生活を送っていました。本当はフランスに関わる仕事がしたい、でも状況的に無理なんだ。いつも自分にブレーキをかけていました。忙しい夫とゆっくり話す機会があると、パート仕事の愚痴や、もし出産も育児もなかったら、仕事を続けていたなど、『たら、れば』の全く意味のないことをたびたび口にしていました。そうやって、自分の不本意を状況や他人のせいにしていたのだと思います。
 
 そんな時、愚痴の大嫌いな夫は、「嫌ならパートを辞めてフランスの仕事をしたらええやんか」のような、どストレートな返しをしていました。もともとフリーランスでずっと仕事をしてきた夫にとって、私の言っていることはただの甘えでしかなかったのです。わかっている、このままでは、ずっと不満を抱えながらも楽な道をずるずると行ってしまう。そう思っても、勇気のない私はなかなか一歩を踏み出せずにいたのでした。

 そんなある日、夫が私に小さな箱を渡してくれました。中には「フランスのことなら  新行内紀子」というキャッチフレーズと、フランスの三色旗が書かれた名刺が入っていました。とにかくフランス関係の仕事をしたいなら、行動を起こせという意味だったのだと思います。

 私は雇用契約が満了すると更新はせずにパートを辞め、長男を義父に預け、パリに2週間ほど滞在しました。およそ8年ぶりのフランス。パリで頑張っている友人たちとの再会。尊敬する方とのディナーでいただいた励ましの言葉。子育てを言い訳にして努力してこなかった自分の不甲斐なさ。1人で考える時間をたっぷりともらえて、私は頭のスイッチをカチッと切り替えることができたのです。

 帰国してから、夫の作ってくれた名刺をお会いする方たちに配るようになりました。自分が何をするか、何ができるかもわからない。でもとにかく「フランスのことなら」自分に頼んでみてください、という出発でした。

 夫婦別姓に抵抗がある方も多い中、夫は初めから旧姓の新行内で名刺を作ってくれました。(夫の姓よりも珍しい旧姓の方が皆さんに覚えてもらえるだろうということだったようです。)

 夫婦でいろいろなことがあるけれど、何も言わずに半月もパリに滞在させてくれたこと、この名刺を作ってくれたことには一生感謝し続けると思います。ありがとう。

 そして今、家族で乗り越えなければならない困難に直面している我が家ですが、夫のポジティブで型にはまらない考え方に助けられながら、それぞれの夢を実現できるよう努力していこうと思っています。

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